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あいすまん

あいすまん

詩集『idol』1

詩集『idol』

目次

移行 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
青 ―死角が見える― ・・・・・・10
ネオ・ナショナリズム ・・・・・・14
猫はちびりながら ・・・・・・・・・・17
わたしはどこへ ・・・・・・・・・・・・22
言語征服者 ・・・・・・・・・・・・・・・・28
横たわる猫 ・・・・・・・・・・・・・・・・30
花は血を吸う ・・・・・・・・・・・・・・33
らばんぴ♪ ・・・・・・・・・・・・・・・・36
糸 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38
ゲルニカ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・40
存在に死は、・・・・・・・・・・・・・・・・43
骨 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・46
ぶくぶく ・・・・・・・・・・・・・・・・・・48
灰の川 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50
失墜の劇薬 ・・・・・・・・・・・・・・・・52
アトミックスーサイド ・・・・・・54
歯車 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・56
ノリヲヤク ・・・・・・・・・・・・・・・・59
蚊の鳴く声 ・・・・・・・・・・・・・・・・60
き ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・66
ねこむ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・70
会えないお前に ・・・・・・・・・・・・74
石の上で ・・・・・・・・・・・・・・・・・・78
健全 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・80
解体 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・84
光 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・88
座るな ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・92
idol ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・96

あとがき ・・・・・・・・・・・・・・・・・・99


「移行」

対になったプラスチックの円に塩水を入れ 
瞳をつまんで覆っていたラップを剥がす
左右の円いラップを塩に浸す
蓋を閉じて電流を流すと
熱が加わり有機物は除かれる

細胞は無機物に代替されて
住みよい社会のどこに
わたしはいてなぜ瞳の
痛みは失われてしまったのか

虚が実を浸食し
身体感覚は失われる

蜘蛛の巣の中に
見えないマネーが囚われている
0は1となって
1は0となる

ヒステリックに叫ぶ母親はいなくなり
選ばれた子が集う
楽園が築かれる
行き場のない父親は首をくくる

虚がリアリティーを獲得したとき
電気信号が食卓に並ぶ


「青 ―死角が見える―」

ビデオを観ながら談笑し
視線を戻した瞬間
小さな黒い影
画面の隅に見えた気がした
コマ送りにするとそれは
フィルムのどこにも映っていない

洗面所で手を洗い終え
顔を上げて鏡を見た瞬間
小さな黒い影は
鏡の隅に
壁にも鏡に映る壁にも
目を凝らすが傷ひとつない

札を崩して運賃を支払い
バスを降りた瞬間
黒い影は
路線図表示板の裏に
整備された停留所の裏側を覗く
何一つ転がっていない

わたしの四方を取り囲んでいた黒い壁は
今やどこにも無くなってしまった  
わたしを包む空気は灰色
澱んで喉を締め付ける
眼前に開けるはずだった一点の青は
最早地平の彼方水平の彼方

わたしの部屋には折れたストローと割れたCDと開花した歯ブラシ
わたしのポケットにはしわくちゃのレシートと破れた千円札と歪んだ鍵
わたしの背後には色違いの靴下と他人の免許証と不細工な木偶人形
フラッシュバック
何とか引き摺って来た出来損ないたち
置き去りにしてきた膨大な量の原石たち

帰宅しうがいをしていると
視界の隅
頬の辺りに浮いている黒い影
洗面所の鏡に映っていないそれは
微動だにせず
しかし消えてなくなることもない

水を吐き出すと
洗面台に小さな血塊



「ネオ・ナショナリズム」

白痴国家が世界平和のために積極的に武力行使を
ぜひとも世界の警察さま
覆面肉屋は金をばら撒き客の中に加害者の捏造を
ぜひとも安心のブランドさま

輪郭をなぞることに終止し
真理を見失った者たちが
泣きじゃくって暴力をふるうためにやって来る
カウンターパンチを想定し居直るためにやって来る

強そうな者には暴力などもってのほか
「あわわわわわわわ滅相もない」
平身低頭血が出るまで
地べたにおでこをこすりつける

弱そうな者には積極的に暴行を
「おらおらおらおら手応えもない」
執拗に繰り返す殴る蹴る
飽きれば帰宅し気が向けば訪れ

冷静に矛盾点など指摘されようものなら
泣きじゃくって「バカ」やら「しね」やら絶叫し
銃口を向けて議論に終止符を打つ
論理と倫理を目の敵にし
定義の曖昧な「正義」を切り札にできていると思っている

人格の中心線を見失った幼稚な独裁者は
幼稚園児の喝采の中で得意気にストリップショウ
新たな遊びに興じている
忘却という自慰
精神のレイプ


「猫はちびりながら」

びちゃびちゃと汚らしい音
わたしは不審に思い台所へ
薄汚れた老猫と目が合う
瞬間身構えふっ飛んで去る老猫

他所の家に忍び込む
老猫は腹を鳴らしながら
わたしはうちの猫の居場所を守るため
うちの猫と協同して非常線を張る

足元に水滴
点々と窓まで続いている
雑巾でふき取るが
うちの猫は匂いを気にしている

窓を締め切る
飯を放置しない
発見すれば厳しく追い立てる
老猫取締網強化月間を指定する

家の周囲に巡らされた前線は
一進一退を繰り返す
うちの猫が外出するのを見計らって
侵入する招かれざる客猫

猫が狩りのみに長けたのは
融通の利かない肉食性のため
全ての行動原理が狩りに由来する習性そのものが
逃げる者を捕えなければ餓えてしまう
祖先の記憶を物語る

それ故に都会の猫は
猫以外の特定の動物にあわせて作られた世界で
その動物から食料を得る以外は
少ない肉を 腐敗しカビのはえた肉を
密集する仲間同士で奪い合わなければならなくなった

ここ数ヶ月
うちの猫の居場所は度々荒らされ
侵入者と出くわせば
一戦交えなければならない日々が続いている

わたしはうちの猫が傷つくのを怖れ
それによって自分が傷つくのを怖れながら
追い立てた老猫がどこか他所で
飯にありつけているだろうかと気まぐれな感傷に浸る

ちびりながら逃げていく老猫
ちびってでも漁りに来る老猫
恐怖を凌ぐ空腹

呑気で傲慢な飽食社会のお隣で
猫社会のストレスは増殖し続けている
都市空間で飢餓状態にある
現代猫


「わたしはどこへ」

「自分を探しに行ってくる」
ジャーマンさんは言いました
ハポネスさんは専門家
「あの山の向こうにきっとあるよ」
得意げに教えてあげました
「ならば行くしかないね」
ジャーマンさんは上機嫌
手を振り手を振り地平の彼方

あれから三年経ちました
「自分がいない、自分がいない」
チャイニーさんが慌てています
ハポネスさんは専門家
「君のは海の向こうだよ」
指差したのは晴れた空と海の境
「ありがとう、ありがとう」
平身低頭水平線

「ぼくも」「わたしも」「自分はどこへ」
皆が困惑殺到しました
ハポネスさんは専門家
「きみは谷川の向こう」
「きみは畑のあぜ道に」
「きみは湖の奥深く」
忙しすぎて目が回る
けれどみんなは張り切って
川や畑や湖へ

「そういえばわたしはどこにいるのだろう」
ある日鏡に呟いた
ハポネスさんは疲れてしまったのでした
「ジャーマンさんに聞いてみよう」
ドアを叩くと返事はなく
窓をのぞくともぬけのから
庭先の軒下で
ミセスジャーマン泣いている

「わたしはどこへ、わたしはどこへ」
ハポネスさんはもじもじそわそわ
皆がうるさい我が家を離れ
独り野山を彷徨い歩く
山の向こう海の向こう谷川の向こう
畑のあぜ道湖の中
彷徨い歩いて疲れ果て
「わたしはいない」
我が家に帰ったハポネスさん

屋根は剥がれて柱は折れて
我が家は変わり果てていた
疲れ果てたハポネスさんに
石を投げるはチャイニージュニア
村は総出で声張り上げ
選挙運動真っ只中
「わたしたちは勤勉家」
「勤勉なのがわたしたち」
訴えるのはフレンチ候補
「わたしたちは誇り高い」
「誇り高いのがわたしたち」
相対するはメリケン候補

皆好きな「わたし」を選んで投票
「わたし」論争熱帯びる
「誇り高い」人たちは石を投げる
「勤勉」な人たちに向かって
「勤勉」な人たちは穴を掘る
「誇り高い」人たちを落とすため

好きな「わたし」
嫌いな「わたし」
ハポネスさんは選べない
「わたしはどこへ」

我が家はどこへ


            「言語征服者」

            言語征服者のスイッチを入れる父
            言語征服者に見入る子
            父の顔は輪郭が途切れ途切れ

            言語征服者から知を得る
            言語征服者を見て笑う

            羨望に近い眼差しを向ける親子
            言語征服者のリモートコントローラーを奪い合う兄弟
            子の顔はのっぺらぼう

            前代未聞の標準化
            独自性を削ぎ取っていく鉋
            被支配と支配が逆転する食卓

「横たわる猫」 

横たわる猫 
ぴくりとも動かない 
コンクリートの地面で、向こうを向いて 

ぽかぽかとした空気の 
コントラストの強い春の日 
昼寝だろうか 
それとも 

僕は学校帰りだ 
ウォークマンも聴いているし 
暑いし 
何せ歩いている 
立ち止まって確かめるべきか 
この前の犬は 
じっと見ていると耳をぴくぴく動かした 
しかし 
猫はぴくりとも動かない 

考えていたら 
動かない猫は通りすぎていった 
僕はびくびくしながら 
今、一つ 
問題は解決したが 
現実からは逃げた 
猫は動かないだけ 
死んではいない 
生きてはいない 

「花は血を吸う」

語り残したことがあると
毎年この時期に帰ってくる
ひどく生臭い
紅い花

この国を代表するこの花
色づき方は様々だが
どれもこの島のものほど紅くはない
年に一度思い出したようにやってきて
無言の語りを繰り返す

根を張る赤い土は
からからに乾いていて水は一滴も残っていないが
人の血は大量に含んでいる
花はその血を吸い上げ
妖しく色づく

目を背けることの許されない
告発の色
この木の根元に骸が埋まっているというなら
この島の至る所に咲き乱れていなければおかしいのだが
吸い上げる血の多さに
根元から腐ってしまうのか

告発の花
沈黙の語り部

赤い土の上で
紅い花を咲かせる
血吸いの花

「らばんぴ♪」

赤く飛び散る 血飛沫の中
タタタおかしなステップ
花火の中の兵隊サン
ダンス奇妙なステップで
カワイイあの子は母さんを
探すおかしな舞踏会

瞳潰され彷徨って
殺し合おうよ血塗れで
銃剣胸に突き刺して
飛び交う音速LOVE&PEACE

愉快なダンスを踊らされ
カワイイあの子は蜂の巣に
死体と乱交マシンガン
ネクロフィリアの楽園

舌と精液飛び交って
血塗れ海原肉片の
光と熱で焼き尽くす
響く銃声タンタンタン……

「糸」

手首に突き刺さったプラチナの糸は枝分かれ
血管の中を移動して脳へ達するものや
動脈を遡り心臓へ達するもの
或いは皮膚を突き破って再び日の光を浴びるものも
様々にわたしの体内を蹂躙して
ヘモグロビンを凝固させる

目を開けて寝ているので
わたしは傷口から腐り始めたわたしに気付くこともなく
たくさんのものを置き去りにして
断ち切って
立ち枯れる
そこにわたしの意志はなく
あるのはただ腐り始めた怠惰の産物

異臭の中で固まっているわたしは
手首から覗く糸を引き摺り出そうとするが
激痛が手首から心臓や脳へ伝わる
恐怖に耐え糸を引き続けると
ごろんと足元に転がるもの
それは腕
わたしの足
胴体


「ゲルニカ」

キラメキを一突きにされて
わたしのケロイドは終わりです
あきめくらの暴力的衝動
無脳症の幼児性破壊願望
わたしには何も破壊したいものなど
ただわたしの肉片を
桜の木の根本とあなたの体内へ
埋め込んで欲しかった
あなたは傷付く必要など
眠る場所が欲しかったのです
バラされず生き永らえたわたしは
宙ぶらりんで腐り始めた叶わぬ願いを
バラさなければなりません
何も成し得ぬ醜い姿を
己を己の脳髄に刻み込んで
わたしはあなたの後ろ姿を
うまく憶い出せずにいるのです
切れてしまった命綱と
今はもはやどうすることも出来ず
ただ落ちてゆくのみのこの己を受け入れ
後悔と共存して生くのです
願望さえも底を尽き
突き進むのみの己の姿が
まるで嘘であったかのように憶い出せぬのです
微塵の力も持たぬ己の肉体は
地面に転がる蝉の抜け殻


「存在に死は、」

もう何もわからなくなって石を食べているのに
目は何かを悟っていて 僕も覚悟ができてしまっていた
ごろんと横たわった君に触れ
無理をして笑いかけてやると
もう動かない
目を見開いて
声も出さず
まだあたたかいのに
埋めなければならない
今動いていたのに
二度と動くことのないもの
呼んでも叩いても
動かないぬけがら
存在はどこへ
理不尽な事実を目の前に
覚悟なんかかき消される
忘れたくない
忘れなければ
忘れたい
忘れてはいけない
「記憶がある限り存在は生き続ける」
存在は薄れていく ぬりつぶされていく
思い出せなくなる 記憶が無くなる
本当に存在に死はあり得ないのか
教えてください
信じさせてください
僕を騙してください


「骨」 

           縦に突き刺すんだ 
        果物ナイフじゃ駄目だよ 
            包丁でいいんだ 
   そう 手首の真ん中 腱と腱の間に 
      深く深く 手応えがあるまで 
何かに当たったら そのまま下へ引くんだ 
   肘の内側まで ゆっくり ゆっくり 
       痛くなんかないさちっとも 
    だってこれは君の腕じゃないもの 
           切り開いた穴の中 
              見てごらん 
         ほら骨が笑っているよ 
              生きた証が 
             僕を笑ってる 
              可笑しいね 
             嘲笑うんだね 
               君も僕を 


「ぶくぶく」

ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく
ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく
  きみはふくらんでゆくね ああふくらんでいく ぶくぶく、ぶくぶく
  ああめが、あめがふっているよ まどのそとは ざあざあ、ざあざあ
  まっしろな、しろくてきれいなきみ とぎれたの いきて いきてた
  むらさきの はな、くち うじゃうじゃのむし でてくる で、でて
  とても き、きれい きみの、ほっぺた きみの、おでこ きみの、
  みずのなか でてる、あわ ぶくぶく きいろい、あわ きみのあわ
  やわらかいよ ぶくぶく きみのしんぞう ぶくぶく、ぶく あかい
  きのうははれだったのにね ぼくも、おりこうだった ぶ、ぶくぶく
  きのうははれだった たいよう、まぶし ぶくぶくいってる ぶく、
ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく
ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく


「灰の川」

ケケ ケケケ
首が回っている
カカシの首がぐるりぐるり
低く垂れこめた灰色の雲から
絶え間なく降り続く灰色の灰を浴びながら
灰に染まって灰色のカカシが
埋め込まれた二つの赤い石をかちゃかちゃ鳴らして
ケケケ ケケ ケケケケケ

ダイヤモンドの原石がそこら中に転がっていて
灰色のカカシは笑っている
ぐるりぐるりと回る首は加速していく
価値のない石は灰に埋まり 遠心力に乗って笑い声は
ケケケッケケケッケケケケケケッケケケケケケッケケケケ
針金とガラス球顔を刳り抜く ぽたぽた落ちる赤の雫
串刺し鉄パイプに身を預けて けたけた笑う顔のない
灰色の地平線まで風化は進む はらはら灰の流れる川
飽和した殺意が耳から流れて ぎらぎらと目を醒ます
ケケケッケケケケケケケケケケケケケケケケケエエエッケケケケケケケケケ


「失墜の劇薬」

やわらかな体温の上に
風を受ける道を築く
白の雫
俺を縛り付ける君の翼と
毒を孕んだ空間
長い睫毛に始まり
唇で終わり
地面に砕ける
喉を通る劇薬は
俺の影を踏み殺す真珠
白く歪んだ花を前に
枯れた真珠を握り締め
ただその激情のままに

羽が舞う


「アトミックスーサイド」

能無し共が群れ成して
阿呆面下げて模範解答
暴力とオコヅカイで東大合格
ゴタク並べて本末転倒
茶髪のクソガキスパルタバカ親
淋しがり屋が素振りの応酬
お前らみんな死ね
説教どおりに荒廃し
教科書どおりに心中よ
波風立てずに無理心中
世界人類で核心中
あとは揉み消しスーサイド
何食わぬ顔でジェノサイド
平穏無事に総玉砕
共存共栄平和共存
現状維持のまま消えてゆけ


「歯車」

――仲間と仲良くするんだ
鉄格子のついた
隔離病棟
気違いが一人
足元に水溜りができるほど涎を垂らし
それに気付くと水遊びを始める
気違いがまた一人
一日中ぶつぶつインナーチャイルドと喋り
自分のもらした大便で人形を作っている
さらに気違いが一人
四六時中ごんごん壁に頭を打ち付けて
あまりの痛さに頭突きしながら失禁し
小便まみれの自分にいらついてさらに猛烈な勢いで頭突きを続ける

――あなたの仲間じゃないか
だから殴った
だから壊した
それで安心したんだ
「俺は違う。一時の辛抱だ」
正常さを保っておくために

「仲間」は意思を示さない
だから俺は拳を打ち込む
「仲間」の鼻をへし折りながら
正常なコミュニケーションを求める

六日連続で母親を救急車に乗せた日
父親に「入院しろ」と連れて来られた
そこには「仲間」がいっぱいいて
俺は気が狂いそうだ

「仲間」はストレスを体現していたんだ
ストレスを感じない身体でストレスを体現して
俺はそこにストレスを加えることでしか


「ノリヲヤク」

「誰かが死ぬ」という予言を聞く わたしはラーメンを食べようと思う 「俺は近いうちに死ぬ」と言っていた男を思い出す だだっ広い地下室で コンクリートの冷たい床に 伏して咽ぶ女がいる それを怒鳴りつける男がいる しゃくりあげながら女は 恐怖と絶望の混ざった声で 何か言っている 男はさらに声を荒げ 女の声は聞こえなくなる わたしは海苔を焼いている  ガスコンロの火の上に海苔を滑らせ ラーメンに乗せる海苔を焼くことが さも重要なことであるかのように いそいそと冷や汗をたらし 聞き耳を立てながら海苔だけを見詰め 男が喚きながら去り 一、二発殴られただろうと 女に近寄ると 全身擦り傷とあざだらけの女が しゃくりあげながら わたしに怯えることすらせず 世の全てに絶望している 恐ろしく軽い女を抱え 地下室の奥へと避難させながら 女の嗚咽とわたしの 自責の念の中で 深層意識はわたしに何を 訴えかけているのかと 窓の外は朝靄 山鳩が鳴いている



「蚊の鳴く声」

蚊の鳴く声に耳を澄ます
蚊はわずらわしいと言っている
取り除けばいい
削り取ればいいと

顔パックをぺたり
小皺一掃大作戦
大皺も一掃大作戦
何度も何度も貼り直しては剥がして捨て
洗顔フォームをたっぷり塗りこみ
熱いお湯で洗い流す
何度も何度も洗い流す
必要とあらば鑢で削り
鑿や鉋も大活躍
そうして出来上がった
つるつるの大脳皮質

こりゃあいい
思考がすっきりしていいね
どうでもいいことには気付きもしない
自分が何であるかとか
世界はどうあるべきかとか
答えの出ないことなんか
どうでもいいことはどうでもいい扱いをしなきゃ
どうでもよくないことだけを
記憶していればいいんだから
スムーズにスマートに
生きていけるんだ

声が聞こえる
脳の奥から渦を巻いて
蚊の鳴くように小さな声
きいんきいんとこだまする
何を言っているかはわからない
だんだんと大きくなる叫びのような
ぐわんぐわんと締め付ける
幻聴はどうでもいいものだから
耳や脳を切開し
聴覚をつかさどる神経を切除し
聴覚をつかさどる脳内の部野を取り除く
そうして出来上がった
進化形大脳皮質改良版

こりゃあいい
わけのわからぬ声など聞こえない
周りに悩まされるのは
どうでもいいことだから
どうでもいいことはなくていいんだ
スムーズにスマートに
生きていけるから

蚊が飛んでいる
視界の端をかすめるように
ふっと現れ消えていく
姿ははっきりとは見えないが
蚊のようなものがちらちらと
だんだんと多くなる小型飛行物体が
ぶうんぶうんと飛び交っている
幻視はどうでもいいものだから
目や脳を切開し
視覚をつかさどる神経を切除し
視覚をつかさどる脳内の部野を取り除く
そうして出来上がった
進化形大脳皮質再改良版

こりゃあいい
わけもわからぬものなど見えない
周りに悩まされるのは
どうでもいいことだから
どうでも
どうで



「き」

かめはしる
手足骨折満身創痍
全速力でのろのろのろのろ
のらりくらりのらりくらり
鼻水垂らし泣きじゃくり
走るために生きている
兎どころか牛にも蟻にも追い抜かれ
鼻水垂らして前見つめ
亀は俊足間違いない

かめはしる
弱い者こそ知っている
自分が何をなすべきか
棒で殴られ踏み潰されて
手足を引っ込め我慢を重ね
龍宮城のありかは知らぬが
皆の尻に火をつける
必死に走る術を知る
亀は努める山へも登る

かめはしる
退き際をこそ弁える
走れなくなれば走らない
鼻水は止まらなくとも
皆が忘れりゃ居なくなる
涙流さず消えていく
脱臼骨折遊離軟骨
満身創痍で消えていく
時の彼方で嘲笑いの種に

かめはしる
我が子らの夢乗せて
罵られても罵り返さず
背中のひび割れものともせず
のらりくらりと走り続ける
亀は世界を知っていた
子らへ世界を分け与えた
かめはしるかめはしる
かめははしったしっていた



「ねこむ」

妻と
死にかけの老爺と
あてのない行進
密林の奥深く

密集した植物は渦を巻き 長い髪を垂らし
天に向かって両手を広げ くるくると乱舞する
時に雄叫びを上げ 珍しい客を歓迎しているのか
それとも拒んでいるのか

ふと道がなく
先頭のわたしは広大な沼を見渡す
緑色の水が微動だにせず
日の光を照り返している
転進すると
砂利道

妻はこれまで通り
あてのない行進を
目前に開けた道を無視して
眉ひとつ動かさず
これ以上南に人は居たか
老爺は呟き
方位磁針は南南西を

気が触れた木に触れた鬼気迫る跳躍した基地外の人非人
希望は絶望に等しく季節はわたしだけを奇妙な姿に変え
紀元前の輝きを得た機械の体に喜びは既に奇跡を待った

天は白く
光が差し込んで
真っ白に輝く砂利道を
開けた地に光は大きく円を描き
うつし出した
残してきたもの
捨ててきたものを
妻は倒れこみ
老爺は煙草を吹かす
わたしは




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